
まず第一点、あくまでもアーノンクールの演奏の理想は、クレメンス・クラウス、クレンペラー、フルトヴェングラーそしてカラヤンといった<シ??§!フ>の解釈をすべての音に貫徹した演奏なのである。彼は、経歴の初期から一貫して、個々の独奏者の名技と曲芸アンサンブルを極力排除し、徹底的に奏者を統制する演奏を遂行してきた(たとえば【四季】【水上の音楽】)。このDVDで確認できるのは、アーノンクールの美意識に貫かれた、まさに<巨匠指揮者風>ドライブ感覚である。精神性の彫琢においてフルトヴェングラー水準の、強い主観性の表出である。
昨今、独奏者の技術を誇り、アンサンブルのサーカス風曲芸を誇るだけの演奏が増えている(これを古楽演奏と古楽器奏者の危機だと警鐘を鳴らす人も多い)が、この演奏は、そういう風潮と全く対立する演奏である。古楽革命の旗手アーノンクールの問題関心&芸術的傾向と、今日の<普通の>古楽演奏家とち? ̄、拠って立つ場所が根本的に異なってしまっている。そういうことが如実に分かる映像である。
もう一点は、アーノンクールの2著作【音楽は対話である】【古楽とは何か】(特に前著)で、彼が主張した音楽学的考察を、忠実に「演奏実践」=performanceしていることである。<実験音楽学>とでもいうべき破天荒な試みが、実際に映像で確認できるのである。
たとえば第4番におけるリコーダーの配置の移動。フルート・ダ・エコーというバッハの楽器指定の意味を考え、バッハの意図した演奏効果を<忠実>に表現する為にアーノンクールが行った工夫が、映像で実際に見れるのである。(何のことを言っているのか分からない方は【音楽は対話である】の239頁とDVDをご覧ください)。もちろん成功しているか否かは ̄視聴者の判断である・・・